子どもの頃から何をやっても上手くいかなかったグレーなお父さんが、できるようになった話(できなかったのには理由があった)

今取り組んでいること

私は発達障害の息子の特性を少しでも改善できればという思いから、息子に読書、英語や数学の勉強、料理などを教えています。衝動性が激しく何かをきっかけにすぐにパニックになってしまう息子でも、妻や私が一緒に取り組むことで、少しずつ出来るようになっています。

英語は小学5年生の時に英検2級に合格、数学も小学5年生の時に高校1年生相当の準2級の勉強を始めています。また息子は読書が好きで毎日本を読んでいます。料理にも興味を持ち毎日夕食作りの手伝いをしてくれます。

はじめて知った発達障害

息子は4歳の時に発達障害(自閉症スペクトラムとADHD)と診断されました。妻と私はものすごくショックで、妻は泣いてしまうほどでした。その当時、妻と私は発達障害について全く知識がありませんでしたので、本を読んだり様々な専門職の人達に相談しました。たくさんの人達と関わり、息子は色んなサポートを受けることが出来ました。不安な事が多かったけど何とかやってこられました。

息子の特性は昔の私の物とよく似ています。私は学校の成績はいつも悪くて悩みましたが、息子も同じ道をたどるのではないかと心配しました。そこで息子の勉強が遅れないように妻と協力して、自分たちで教えることにしました。

私は学生時代、勉強が苦手でしたが、子どもの発達障害をきっかけに、40歳を過ぎてから息子と一緒に勉強をするようになりました。息子と一緒に勉強するようになって、昔は苦手だった英語もTOEICで780点を取得し、数学もまた苦手でしたが理解できるようになりました。料理はもともと好きなので毎日やっています。

子どもの頃の私

私は保育園、小、中、高校と、いつの時代も集中して人の話を聞くことが苦手でした。言われたことを理解するのが難しく、勘違いしたり聞き逃すことが多かったです。学校の成績が悪いだけでなく、様々な活動において上手くいかず、いつも周囲から遅れをとっていました。先生からはよく注意され、友達からは嫌なことばかり言われていました。私は自分に自信が無く、何をやってもダメなんだ、といつもあきらめていました。だから学校へはあまり行きたくありませんでした。自分には能力がないとか、何事にも努力が足りないのだとずっと思っていました。

たくさんの塾や習い事に通ったけれど

私は子どもの頃、6つの塾や習い事に通っていました。

  • 習字(3年間)
  • 算数塾(4年間)
  • そろばん(5年間)
  • 算数英語学習塾(6年間)
  • ピアノ教室(3年間)
  • 英語教室(4年間)

他に通信教材や家庭教師をつけてもらったこともありました。でもそれらのほとんどが上手くいきませんでした。私の両親はかなりの費用をかけて、私に様々な機会を与えてくれましたが、私は全く期待に応えることが出来ませんでした。本当に申し訳なかったです。

私はこれだけ取り組んできたにもかかわらず、成績はいつも下の方で、他に特技もなく、何をやっても上手くできませんでした。あまりにもできないので、病気ではないかと真剣に悩んだこともありました。そして自分はどの分野においても能力の低い人間なんだ、とあきらめていました。でもそれは大きな間違いだった、と息子のおかげで気がつきました。

気づき

4歳の時に発達障害と診断された息子の日々のケアをしているうちに、息子の特性のほとんどが、昔の私そのものだと感じるようになりました。息子の特性は私の子どもの頃とそっくりなので、息子はよく私が昔したのと同じ失敗をします。その過程を見ていると、なぜ失敗したかその原因がよくわかるのです。自分もそうだった。だから上手くいかなかったのか、と納得しています。できなかったのには理由があったのです。

そのような気付きをもとに、私は様々な場面で息子のこの先起こるかもしれない問題を予測し、未然に防ぐ対策をしています。私は息子のおかげで心の霧が晴れる思いがしました。そして息子のため、また自分自身のために、発達障害の特性と上手く付き合う方法を検討し実行しました。そしたらこれまでのことがうそのように上手く出来るようになったのです。

私は過去の自分の経験を最大限に活かして、息子を助けると同時に昔の自分を助けてやりたい。私はもしタイムマシーンがあったら昔の自分に教えてあげたい。できないのには理由がある。ただほんの少しコツがいるだけだ。決して自分のせいではない。自信をなくすなと。

私は発達障害の息子のサポートをすることで、昔の自分が決して能力不足、努力不足ではなかったのだと証明したい。そういう意味でこれからも息子と様々な取り組みをしていこうと思っています。